無畏庵 照久

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help RSS 『伝統文化にみる日本学のすすめ』書評

<<   作成日時 : 2012/01/23 16:46   >>

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 この書は戦後教育で育ち、日本を愛する老人が現代日本社会の文化面の状況を憂い、次の世代に対して自国の伝統文化を再認識し、自国の存在感を高め、世界諸国と融和して行けるように、基本的な伝統文化のテキストを作ったものである。

 戦前、日本は皇国史観を基に愛国心教育を行い、その結果凄惨な戦争という悲劇をもたらした。戦後の占領政策と新憲法公布の結果により日本人は戦前の愛国心を棄てたが、同時に敗戦に伴う精神的痛手のため自国文化に自信をなくし、古い日本文化、優れた伝統文化から目を背けることになった。現代日本において公教育の中に伝統文化教育は見られない。戦前の伝統文化教育は皇国史観と一体化していたため、教育者は保守反動主義者と同一視されることを恐れ、伝統文化に触れることを控えた。しかし本来文化は平和の礎である。よって心ある者は自ら資料を探し、知識をたぐる努力をはらった。

 一方戦後思想の自由化により到来した欧米の経済主義、これを通じて社会に浸透した功利主義に多くの人々が馴染み、文化面において彼らの目は欧米音楽・絵画を始めとする欧米文化一色となり若い人々の、伝統文化への関心がさらに薄らいだ。

 伝統文化は優れた文物である。実際伝統文化の良さが現代日本社会の革新的技術面に生かされている。次の世代はこれからの日本を支えていくために、自国文化に誇りを持ち、諸外国の人々に自国文化を語ることができる程度の伝統文化知識を備える必要がある。そもそも一国が成り立つためには、国土があり、そこに生きる国民が自国文化に誇りを持って生活してこそ次世代の人々が健全に育ち、国を背負い国内外の多難な課題に対応していける。課題が山積しつつある現代においてこそ次世代を育成する基盤に伝統文化教育を据えたい。

 この書は戦後の自由主義・民主主義思想をバックボーンとして、客観的に日本の伝統文化の体系を整理している。その主たる視点は、古代からあった緩やかなグローバリズムの中で、豊かな自然を持った特異な地勢の中で育まれた人々が、伝搬された他国の文化に触発されてユニークな文化を醸成してきた。そうした伝統文化だからこそ現代に継承されてきたと考えるところにある。よく言われるが、独自性があるからといって日本文化は必ずしもおのずから生まれたものではないことを意識し、他国文化と融和しながら形成された経緯を各々の文化領域において展開している。『読売新聞』がその書評の中で「米国と日本の歴史をよくみて書いている」と評した理由はここにある。

 日本列島が豊かな自然に恵まれていることは、住んでいる人々が意外に意識していない。日本列島は一万年前までユーラシア大陸と繋がっていて後に現代のように分離した。その地勢の歴史により、日本列島と日本海には固有の生物が多く育ち、森やその恩恵を受ける海に多くの生物が生息する独特な環境が形成された。その恩恵を日本人は受けている。自然を大事にし、自然と共に生きる道が繊細な感情を育て、豊かな文化を形成してきた。2011年起きた東日本大震災は自然現象として重く受け止めなくてはいけないが、原発事故は極めて人為的なミスで起きた事件として反省されなければならない。自然を生かし、自然と融和するエネルギー開発を世界に率先して進める役割が日本人にあるということも列島の地勢から人々が受けた恩恵を省みることにより導きだされる。

「まえがき」「あとがき」に文化の基底にある信仰を外しては文化を考えられないと書かれているが、穏やかな自然環境に育まれた精神に最も適合した宗教がインド伝来の仏教であった。この書は禅を基に日本の信仰を整理しているが、仏教の備える普遍性と神秘性が日本人の共感を得て日本文化が完成したと述べている。現代日本社会では、何かと宗教を避ける傾向があるが、この書は真っ向から取り上げている。そして禅的な本質(無分別智)は世界の普遍的な宗教にも認められると主張する鈴木大拙の論を取り上げている。大拙は米国に駐在し、世界に向けて日本仏教・禅を紹介した。日本人の通念として、権威者の論には耳を傾けるが無名人の言い分を軽視する傾向がある。無名の老人の編纂した伝統文化論が果たして多くの人の賛同を受けられるか判らない。幸いこの書は二百四十頁というコンパクトな構成にしてある。新幹線で東京・京都間を往復する間に読み切れる。既知の内容が多くを占めるが、その編集の視点と纏め方に特色がある。先ず斜め読みして全体像を把握すると、著者の意図とその狙う方向に気付くことであろう。

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